・ハイレゾ音源を買い直すのはお金がかかるし、配信されていない曲もある
・DSEEとかK2とかロゴを見るけど、あれって結局何をしてるの?
80年代〜90年代に青春を過ごし、大量のCDコレクションを持っている方にとって、昨今の「ハイレゾブーム」は少し複雑な心境かもしれません。
「お気に入りのあの名盤を、今の最高の音質で聴きたい」と思っても、全てのアルバムがハイレゾ配信されているわけではないからです。
しかし、諦める必要はありません。現代のデジタルオーディオ技術には、「CD音源をハイレゾ相当に蘇らせる」魔法のような機能が存在します。それがアップスケーリング技術です。
この記事では、ソニーの「DSEE」やJVCケンウッドの「K2テクノロジー」など、各メーカーが威信をかけて開発したアップスケーリング技術の仕組みと、それを使うことで実際に音がどう変わるのかを深掘りして解説します。
眠っていたCDライブラリが、最新技術でどう生まれ変わるのか。その可能性を知れば、音楽を聴く楽しみがまた一つ増えるはずです。
なお、CD音源の元々のスペック(44.1kHz/16bit)が何を意味するのかについては、以下の親記事で詳しく解説しています。

アップスケーリングとは?:失われた音の復元手術
アップスケーリング(アップコンバート)とは、簡単に言えば「低い解像度のデータを、高い解像度に変換する技術」のことです。
映像で例えると分かりやすいでしょう。
昔のDVD(画質が粗い)を4Kテレビで再生すると、そのままではボヤけて見えますが、テレビ側の機能でクッキリと補正されて綺麗に見えることがありますよね?あれの「音バージョン」です。
CD音源の限界と「失われた情報」
CDの規格は「44.1kHz / 16bit」です。
これは、人間の可聴域(約20kHzまで)をカバーする優れた規格ですが、録音の過程で以下のデータがバッサリと切り捨てられています。
- 20kHz以上の超高音域:
「倍音(ばいおん)」と呼ばれる、楽器の音色の豊かさや空気感を決める成分。 - 微細な音の余韻:
音が消え入る瞬間の、非常に小さなレベルの信号。
アップスケーリング技術は、この「切り捨てられたはずの音」を、計算によって予測し、継ぎ足すことで、CD音源をハイレゾ(96kHz/24bit相当など)に近づける技術なのです。
そう思うのも無理はありません。しかし、これはデタラメではありません。
・この楽器の基音が鳴れば、必ずこの倍音が鳴るはずだ
という膨大な音楽理論と統計データに基づき、極めて高い精度で「あるべき音」を復元しているのです。
「人間の耳には聞こえない音」を復元することに、一体何の意味があるのでしょうか?実は、それが脳に与える「快感」について、科学的な理由が判明しています。

メーカー別!主要アップスケーリング技術の仕組み
オーディオメーカー各社は、独自のアルゴリズム(計算式)でこの復元を行っています。
代表的な3つの技術を見てみましょう。
1. ソニー「DSEE(Digital Sound Enhancement Engine)」
現在、最も身近で高性能なのがソニーの「DSEE」シリーズです。特に最新の「DSEE Ultimate」や「DSEE Extreme」は凄まじい進化を遂げています。
【仕組み:AIによる深層学習】
ソニーは、ソニー・ミュージックという巨大な音楽レーベルを持っています。
そのスタジオにある「オリジナルのハイレゾ音源」と、そこから圧縮した「CD音源(やMP3)」をAIに聴き比べさせ、「この音がこう減ったら、元はこういう波形だったはずだ」というパターンを何百万曲分も学習させています。
その結果、再生している曲がボーカルなのか、ピアノなのか、打楽器なのかを瞬時に判別し、それぞれの楽器に最適な高音域をリアルタイムで生成することができます。
2. JVCケンウッド「K2テクノロジー」
「K2(ケーツー)」は、ビクタースタジオのエンジニアと技術者が共同開発した、非常に歴史と信頼のある技術です。
【仕組み:波形補正】
AIで「付け足す」というよりは、デジタル化の過程で階段状になってしまった波形を、本来のアナログ波形のような「滑らかな曲線」に磨き上げることに特化しています。
失われた高域を復元するだけでなく、時間軸の解像度を高めることで、硬くなりがちなデジタル音を、柔らかく自然な音色に戻します。
3. パイオニア/オンキヨーなど「アップサンプリング機能」
特定のブランド名がなくても、多くのアンプやDACには「アップサンプリング」という機能が付いています。
これは、CDの「44.1kHz」というデータを、整数倍の「88.2kHz」や「176.4kHz」に計算して増やす機能です。
【仕組み:補間処理】
点と点の間を数式(スプライン補間など)で滑らかに繋ぐ処理です。
AIのような複雑な予測はしませんが、データ密度が高まることで、D/A変換(アナログ変換)時のフィルター処理が理想的な形になり、結果として音質が向上します。
アップスケーリングの効果を最大化する条件
「スイッチを入れれば誰でも高音質になる」わけではありません。
この技術の効果をしっかりと実感するためには、いくつかの条件があります。
① 元のデータが「不可逆圧縮」されすぎていないこと
MP3の低ビットレート(128kbps以下など)の音源は、元の情報があまりにもスカスカになっているため、いくらAIでも復元には限界があります。
効果を最大限に発揮するのは、やはりCD音源(WAV/FLAC)です。元がしっかりしていればいるほど、復元精度も高まります。
アップスケーリングの精度を高めるには、MP3ではなく「ロスレス形式」での保存が必須です。失敗しないCDのリッピング形式については、以下の記事で徹底比較しています。

② 再生機器(イヤホン・スピーカー)の性能
せっかく20kHz以上の高音域を復元しても、出口であるイヤホンやスピーカーがその帯域を再生できなければ意味がありません。
「ハイレゾ対応」のロゴが付いた製品を使うことが、変化を感じるための最低条件です。
③ 接続方法に注意
ワイヤレスイヤホンで聴く場合、Bluetoothのコーデックが重要です。
「SBC」のような低音質コーデックで接続してしまうと、スマホ側でせっかくアップスケーリングした良質なデータを、送信時にまた圧縮して劣化させてしまいます。
「LDAC」などのハイレゾ級コーデックで接続しましょう。
「ニセモノの音」ではないのか?という議論について
オーディオファンの間では、「計算で作った音なんて、アーティストが意図した音ではない」という意見も根強くあります。
確かに、厳密に言えば「レコーディング時の音そのもの」ではありません。
しかし、こう考えてみてはどうでしょうか。
色褪せてしまった名画を、当時の資料や技術を駆使して鮮やかに修復するプロの仕事。
アップスケーリング技術もそれに似ています。
CDという器に入りきらず、マスタリング時に泣く泣くカットされた音の余韻や空気感。
エンジニアたちが本当は届けたかったであろう「スタジオの空気」を、現代の技術で推測し、再現しようとする試みは、音楽への冒涜ではなくリスペクトであると私は考えます。
実際に聴いてみて、「こっちの方が心地よい」「感動できる」と感じるのであれば、それがあなたにとっての正解です。
まとめ:過去の資産は「宝の山」になる
・コンポのメニューに「K2」や「Upsampling」のボタンはありませんか?
もしあれば、今すぐONにして、昔よく聴いたお気に入りのCDを再生してみてください。
・ドラムの響きがこんなに深かったんだ
そんな新しい発見が必ずあるはずです。
アップスケーリング技術は、あなたの思い出の詰まったCDライブラリを、最新のハイレゾ音源と同等の輝きを持つ「宝の山」に変えてくれるツールなのです。
この技術でCD音源の奥深さを再確認したら、その音の入り口である「DAC」にもこだわってみると、さらに世界が広がります。DACについては以下の記事で解説しています。



